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01_3 歓送迎会 樹side

last update Last Updated: 2025-04-28 04:47:27

「姫乃さんにお酌してもらって喜ばない男、初めて見た」

「はあ?」

「確かに。ほら見て、あっちのテーブルのおじさんたちは羨ましそうにしてるわよ」

本橋さんと近田さんが目配せする。俺もチラリとそちらを見れば、さっき俺に突破口を開いて来いと言った先輩たちが、チラチラこちらを見ていた。

あー、これが突破口ってやつか。

「なるほど」

感心すると、「ちょっと大野くんも真に受けないの」と恥ずかしがっている。

あー、なるほど。そういうとこね。

確かに朱宮さんは可愛らしい。人気があるのも頷ける。

「姫ちゃんも早く結婚したらいいのに」

「えっ? いや、あの……」

彼氏がいるのにこの慌てよう。

恥ずかしがっているのか?

まあ、そういうのも可愛いのだろう。朱宮さんは仕草ひとつとっても魅力的なのだと思う。女性らしさというのか、柔らかい雰囲気が一緒にいて心地いい。

隣のテーブルでは、先輩たちが「行け行け」とジェスチャーで伝えてくる。

何をどう行けと?

だから俺は突破口にはならないって……。

でもなんだかこの状況がとても貴重のような気がして、俺はふむと考える。

「あ、彼氏仕事に忙しいんだっけ? 大変ねー」

「いや、だから……」

慌てる朱宮さんに対して、

「ふーん。姫乃さん彼氏いるんだ?」

と名前で呼んでみた。

どうですか先輩、これが突破口ってやつですよ。

「おっ、新人。さっそく姫ちゃんを名前呼びとは生意気~!」

「ダメでした?」

「いいんですか、姫乃さん?」

「えっ? いや、いいよ。名前の方が親しみやすいし、仲良くなれる気がするし。ね、大野くん」

姫乃さんは嫌がることなくニッコリ笑う。
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